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Stats of My Life(おいしい人生を味わうために、コツコツとチャレンジしたことを書くブログ)

スキルよりも高い精神性こそ大事かもです:「いま、拠って立つべき""日本の精神"武士道」( 作者:新渡戸稲造 2024年38冊目) 

 

<感想>

堅い内容かと思いきや、とても学びがあって3回ほど読みました。

 

新渡戸稲造の『武士道』は、1899年に英文で書かれ、世界中で大反響を巻き起こした名著です。本書は、単なる武士道の解説書ではなく、西洋思想と対比しながら、日本人の精神の核となる「武士道」の本質を明らかにしています。

 

新渡戸稲造が後世にも残していきたい、武士の大事な精神性が書かれています。

 

本書を読むと、背筋が正されるような感覚を覚えます。それは、自分がいかに俗世間に流され、目に見える成果ばかりを追いかけてきたのかを気づかせてくれるからです。新渡戸は、武士道を単なる古臭い思想としてではなく、現代社会を生き抜くための指針として提示しています。

 

「「義(正義)」が守らなければ、嘘が飛び交い、不正がはびこり、平穏な秩序ある社会など築けない。義は社会的動物として生きるうえでの普遍的な根本原理」

 

というのは刺さりました。ただ、人としての正しい行いをしようすれば、人間の根源的なエネルギーとされる"欲望"を制御しないと成り立たない。

 

そのため、高い精神性をもって自分の心をコントロールしていくことが必要だと理解しました。

 

自分が今後の人生を考えるにあたって、とても重要な思考だと思いました。

 

 

<刺さったフレーズ>

一流の剣術の師匠(柳生但馬守宗矩)は禅とは

言語による表現範囲を超えた思想の領域へ、瞑想をもって到達しようとする人間の努力。武士道は知識を重んじるものではない。重んずるものは行動である。したがって知識はそれ自体が目的とはならず、あくまで智恵を得るための手段でなければならなかった。単に知識だけをもつ者は、求めに応じて詩歌や格言をつくり出す〝便利な機械〟としか見られなかったのだ

 

勇気の精神的側面は沈着、すなわち落ち着いた心の状態となって表れる。大胆な行動が動態的表現であるのに対し、平静さは静止の状態での勇気である。真に果敢な人間は常に穏やかである。決して驚かされず、何物にもその精神の均衡を乱されない。

 

「礼は寛容にして慈悲深く、人を憎まず、自慢せず、高ぶらず、相手を不愉快にさせないばかりか、自己の利益を求めず、憤らず、恨みを抱かない」

 

新渡戸稲造の経歴>

新渡戸稲造(にとべ いなぞう、1862年 - 1933年)は、明治から昭和にかけて活躍した国際人、教育者、思想家です。札幌農学校(現在の北海道大学)の初代校長を務め、国際連盟事務次長として活躍した他、著書『武士道』は世界中で高い評価を得ています。

 

・生い立ちと教育
新渡戸稲造は、1862年文久2年)に盛岡藩士の家に生まれました。幼い頃から学問に秀で、1879年(明治12年)に札幌農学校に入学しました。同校卒業後はアメリカとドイツに留学し、農業経済学や政治学を学びました。

 

札幌農学校での活動
1884年明治17年)に帰国後、新渡戸稲造札幌農学校の教師に就任しました。1891年(明治24年)には同校の初代校長に就任し、近代的な農業教育の確立に尽力しました。また、学生たちに国際人としての精神を養うことを重視し、英語教育や西洋文化の研究を推進しました。

 

国際連盟事務次長としての活動
第一次世界大戦後、新渡戸稲造国際連盟事務次長に就任しました。国際連盟は、国際紛争の平和的解決と国際協力を目的とした国際機関です。新渡戸は、国際連盟の設立に尽力した木下半太郎とともに、日本の国際社会への貢献に大きく貢献しました。

 

・思想家としての活動
新渡戸稲造は、教育者、国際人としての活動に加え、思想家としても活躍しました。代表的な著書である『武士道』は、1900年に英文で出版され、世界中で高い評価を得ました。本書は、武士道の精神を西洋人に紹介するものであり、日本文化への理解を深める上で重要な役割を果たしました。

 

・その他の功績
新渡戸稲造は、東京女子大学初代学長や東京女子経済専門学校(現在の新渡戸文化短期大学)初代校長なども務めました。また、農政家として、台湾の農業開発にも貢献しました。

 

新渡戸稲造の評価
新渡戸稲造は、日本を代表する国際人、教育者、思想家として高く評価されています。その功績は、日本の近代化と国際化に大きく貢献しました。